「できません」「しません」「めんどくさい」には理由がある ― 意欲がないと決めつけない支援
「今日は行きません」
「どうしてですか?」
「めんどくさいからです」
グループホームなど、日々の暮らしを支える現場では、こんなやり取りがよくあります。
何度誘っても動かない。説明しても「できません」「しません」の繰り返し。
支援する側も困ってしまいます。
「もう少しやる気を出してくれたらいいのに」
そう思ってしまうこともあるでしょう。
でも、ちょっと考えてみたいのです。
その人は、本当に意欲がないのでしょうか。
「めんどくさい」は、支援を進めるチャンスかもしれない
私たちは、「めんどくさい」という言葉を聞くと、つい否定的に受け止めがちです。
しかし、この言葉は、本人が何かを伝えようとしているサインかもしれません。
例えば、
「何が一番めんどくさいですか?」
と聞いてみる。
すると、
「準備するのが大変」
「行っても楽しくない」
「人が多いところは疲れる」
という答えが返ってくることがあります。
ここまで聞くと、最初の「めんどくさい」とは少し違って見えてきませんか。
「めんどくさい」は、支援を止める言葉ではなく、支援の入り口になることもあるのです。

「できない」「しない」の背景には何があるのか
私たちは、目の前の行動を見て、その理由まで判断してしまうことがあります。
しかし、人の行動はそんなに単純ではありません。
例えば、入浴を嫌がる人がいたとします。
単に入浴が嫌いなのではなく、疲れているのかもしれません。浴室が寒いのかもしれません。着替えを準備するのが負担なのかもしれません。
あるいは、今は一人でゆっくり過ごしたいのかもしれません。
私は、こうした場面で「こころ・体・環境・生活」を一緒に考えることを大切にしています。
こころの状態だけを見ても分からないことがあります。
体調だけを見ても分からないことがあります。
その人がどんな環境で、どんな毎日を過ごしているのか。
そこまで見てみると、行動の理由が少しずつ見えてくることがあります。
もちろん、理由を一つに決めつけることもできません。
だからこそ、本人と一緒に考えることが大切なのだと思います。

言葉だけ変えても、相手には伝わらない
最近は、支援の現場でも「本人主体」「寄り添う」「自己決定を尊重する」といった言葉がよく使われます。
どれも大切な考え方です。
でも、私は少し気になることがあります。
例えば、支援者が、
「あなたのペースでいいですよ」
と言っていても、心の中では、
「早くやってくれないかな」
と思っていたら、どうでしょう。
その気持ちは、声の調子や表情、待ち方、ちょっとした態度に表れてしまうものです。
本人も、案外よく見ています。
私たちも、相手が本当にそう思って言っているのか、それとも口先だけなのか、何となく分かることがありますよね。
支援でも同じだと思います。
「どうしてできないんだろう」という見方のまま、言葉だけ優しくしても、なかなか伝わりません。
言葉を変える前に、相手の見方を変える。
「この人には、この人なりの理由があるのかもしれない」
そう思えると、声のかけ方も、待ち方も、自然と変わってくるのではないでしょうか。
「できるようにする」ことだけが支援ではない
私たち支援者は、つい「できるようになること」を目標にしがちです。
もちろん、それも大切です。
でも、本人にとって大事なのは、必ずしも私たちが期待する行動を取ることではありません。
少し休んだ方がよいこともあります。
やり方を変えればできることもあります。
今はやらないと決めることが、本人にとって必要な選択である場合もあります。
一方で、健康や安全に関わることは、単に「本人が嫌だと言ったから」で終わらせるわけにもいきません。
だからといって、無理に行動させればよいわけでもありません。
なぜ難しいのか。ほかに方法はないのか。今でなければいけないのか。
本人と一緒に考えながら、折り合いを探していく。
その過程そのものが、生活を支えることにつながっているのだと思います。
支援する側だって、疲れることがある
とはいえ、毎日同じことを繰り返し伝えている支援者にとって、「本人の理由を考えましょう」という話は、きれいごとに聞こえるかもしれません。
忙しい日もあります。
時間に追われることもあります。
何度声をかけても動いてもらえず、疲れてしまうこともあるでしょう。
そんなときに、いつも穏やかに対応できるとは限りません。
それも現場の現実です。
だからこそ、一人で抱え込まず、ほかの職員と一緒に考えることも必要です。
「今日はどうして難しかったんだろう」
「私の声のかけ方以外に、何か理由があるかな」
そんな小さな振り返りが、次の支援につながることがあります。
支援者自身も、少し労われてよいのだと思います。
最後に
「できません」
「しません」
「めんどくさい」
その言葉を聞いたとき、すぐに何とかしようとしなくてもよいのかもしれません。
まずは、その人の側から考えてみる。
何が負担なのか。何を大切にしているのか。どうすれば少し楽になるのか。
答えは、私たち支援者が一人で見つけるものではありません。
本人と一緒に探していくものだと思います。
「やる気がない」で終わらせたら、そこから先は見えません。
その人には、その人なりの理由がある。
私は、そんな見方を大切にしていきたいと思っています。

