「○○ちゃん」と呼ぶ、その親しさは誰のため?
障害者スポーツ大会で、場内放送を聞いていたときのことです。
選手が「○○ちゃん」と呼ばれていました。
親しみを込めた呼び方だったのかもしれません。でも、私は少し違和感を覚えました。
親しく呼ぶことと、相手を対等な大人として尊重することは、同じなのでしょうか。
私たちのグループホームでは「○○さん」
私たちのグループホームでは、成人の利用者さんを「ちゃん付け」で呼ぶことはありません。
基本は「○○さん」です。
本人に話しかけるときだけではありません。職員同士で利用者さんの話をするときも、「○○さん」と呼んでいます。
なぜ、そこまで気にするのか。
それは、利用者さんをどう呼ぶかには、私たちがその人をどう見ているかが表れると思うからです。
厚生労働省の資料でも取り上げられている
実は、利用者さんへの「ちゃん付け」は、厚生労働省が公表している障害者虐待防止に関する資料でも取り上げられています。
『障害者虐待防止及び身体拘束等の適正化に向けた体制整備等の取組事例集』では、利用者を「ちゃん」「くん」で呼ぶことが、支援現場における不適切な関わりの例として紹介されています。
また、事業所の取組事例として、利用者を「○○さん」と呼び、職員同士の会話や申し送りでも同じ呼び方をするルールが紹介されています。
つまり、これは単なる言葉遣いやマナーの問題ではなく、利用者さんの尊厳や権利擁護に関わる問題として考えられているのです。
もちろん、「ちゃん付け」しただけで直ちに虐待と判断されるわけではありません。
でも、日常の何気ない呼び方だからこそ、一度見直してみる価値があると思います。

親しみが、上下関係を見えにくくすることもある
長く関わっている利用者さんには、親しみが湧きます。冗談を言い合ったり、一緒に笑ったりすることもあります。
それ自体は、とても大切な関係だと思います。
ただ、親しさがあるからといって、相手を子ども扱いしてよいわけではありません。
特に支援する側と支援を受ける側には、もともと立場の違いがあります。
本人がその呼び方を望んでいる場合もあるでしょう。関係性や場面によっても意味は違います。
それでも、支援者の親しみやすさだけで呼び方を決めていないか、考えてみたいところです。
本人がいないところで、どう呼んでいますか?
私は、こちらの方が大切かもしれないと思っています。
本人の前では丁寧に接していても、職員同士の会話ではどうでしょうか。
利用者さんを一人の大人として話題にしているでしょうか。
「さん付け」を徹底するだけで、よい支援になるわけではありません。
それでも、毎日の何気ない言葉遣いは、職員同士が共有する利用者観に影響するのではないかと思います。

虐待防止は、毎日の関わりから
障害者虐待防止というと、研修会やマニュアル、チェックリストなどを思い浮かべます。
もちろん、どれも必要です。
でも、それだけでは足りないと思います。
利用者さんの話をするときの言葉遣い。本人のいないところでの態度。本人の希望より、職員の都合を優先していないか。
そうした日常の積み重ねの中に、利用者さんをどう捉えているかが表れます。
虐待防止は、研修会だけで学ぶものではありません。毎日の何気ない呼び方から始まるのだと思います。
参考資料
厚生労働省(2022)『障害者虐待防止及び身体拘束等の適正化に向けた体制整備等の取組事例集』

