こころだけを見ても、暮らしはよくならない ― グループホームで「寂しい」と言われた日
「寂しい」
グループホームを運営していて、利用者さんからそう言われたことがあります。
私にとって、とても残念な一言でした。
私たちのグループホームはアパート型です。一人ひとりが自分の部屋を持ち、それぞれの生活を送っています。
自分の時間があり、プライバシーも守られる。それは大切なことです。
でも、一人で暮らせることと、寂しくないことは同じではありません。
グループホームなのに、寂しい
私は、グループホームには一人暮らしとは違う良さがあると思っています。
他の人の暮らしを感じたり、一緒に活動したり、何気ない話をしたり。
ときにはライバルになったり、仲間になったり、誰かの生活を見て自分もやってみようと思ったり。
そんな関係が生まれることも、グループホームの魅力ではないでしょうか。
もちろん、誰もが人との交流を望んでいるわけではありません。一人で過ごす時間を大切にしたい人もいます。
だから、みんなで仲良くすることを目標にしたいわけではありません。
それでも、「寂しい」と言われたとき、私たちはその人の暮らしを十分に見ていただろうか、と考えました。

行事を増やせば、寂しさはなくなるのか
その言葉を受けて、私たちは利用者さんと関わる回数を増やしました。
みんなで参加する行事も増やしました。
孤立を少しでも減らしたいと思ったからです。
でも、それで寂しさがなくなったかどうかは分かりません。
職員と話す時間が増えることと、本人が望む人間関係ができることは、必ずしも同じではないからです。
大切なのは、行事の回数よりも、その人がどんなつながりを望んでいるのかを知ることなのかもしれません。
誰かと食事をしたいのか。気軽に話せる相手が欲しいのか。それとも、地域の中に自分の居場所が欲しいのか。
私たちが用意した交流の機会が、本人の望むものとは限りません。
こころの問題だけにしない
「寂しい」という言葉を聞くと、私たちは気持ちの問題として考えがちです。
でも、寂しさを感じる背景には、毎日の過ごし方や人との接点、外出する機会、地域との関係など、生活そのものが関わっていることもあります。
だから、気持ちを励ますだけでは十分ではないのでしょう。
その人が誰と、どこで、どんな時間を過ごしたいのか。
そこを一緒に考えることも、生活支援だと思います。
暮らしを支えるということ
私たちは、住む場所を提供しています。
でも、住む場所があることと、そこで自分らしい暮らしができることは別です。
グループホームを運営する中で、まだまだ足りないことがあると感じています。
「寂しい」と言われた経験は、今も私の中に残っています。
住む場所をつくることと、暮らしをつくることは違う。


